ドクター谷口の「セイフティ・セックス講座」

増え続ける梅毒 その2

 前回は、梅毒の新規感染者が4年で2,452人、2007年だけだと737人で、増えているといってもたいしたことがないように見える、しかしそれは誤りですよ、という話をしました。今回は、まずこのトリックを説明していきます。

 そもそもなぜ梅毒の新規感染者が1の単位まで詳しく発表されるかというと、梅毒には全医療機関に届出義務があるからです。届出義務というのは、「その感染症の診断がつけば7日以内に管轄の保健所に届け出なければならない」というものです。もう少し、詳しく言うと、届出義務には「定点届出」と「全数届出」があります。「定点届出」というのはあらかじめ指定された医療機関のみに課せられた届出義務で、「全数届出」というのは全ての医療機関に義務付けられた届出義務です。そして、梅毒は「全数届出」ということになっています。ですから、梅毒を発見したすべての医療機関は7日以内に保健所に届出をしなければなりません。

 ところが、です。実際には梅毒を発見しても届出をおこなっていない医療機関があるのです。なぜ診断しても届出をしていないのかというと、ひとつには、梅毒が全数届出義務であることを知らない医師がいます。あるいは知っていたとしても、届出の手続きが複雑なため忙しい診療時間のなかで届出をついつい怠ってしまう、という点を指摘する関係者もいます。届出義務があるのに届出をしなければ、罰則義務(50万円以下の罰金)があるのですが、実際にこの罰則が適用されたという話は聞いたことがありません。

 一方、同じく全数届出義務のあるHIVについては、おそらくほとんどの医療機関がきちんと届出をしていると思われます。これは、医師側に「HIVは重要な感染症だけれども、治癒しうる梅毒はそれほど重要でない」という意識があるからかもしれません。後で詳しく述べますが、梅毒の治療は時間がかかることもありますが、原則として「治る病気」です。

 梅毒の届出がなされない理由は他にもあります。それは、医師が「梅毒の診断をつけられないことがある」というものです。梅毒は、医療従事者の間でも「過去の病気」と思われていることは否定できません。医師として10年以上のキャリアがあっても「梅毒を一例も見たことがない」という医師もいます。しかし、私が思うに、これは「見たことがない」のではなく、「見つけられなかった」可能性があります。

 実際、梅毒の診断はときにむつかしいことがあります。典型的な性器のできものや皮膚症状が出現すれば分かりやすいのですが、梅毒はときに様々な皮膚症状を呈します。また、その皮膚症状は痛みも痒みもないために、患者側が医療機関を受診せずに、そのうちに皮膚症状は消えていた、などということもよくあります。医学の教科書には、たしかに「梅毒はあらゆる皮膚疾患の鑑別に加えるべきである」と書かれていますが、実際の臨床の現場では、すべての皮膚疾患の患者さんに対して梅毒感染を疑うということはありません。

 私が院長をつとめる太融寺町谷口医院では、「新しい彼氏(彼女)ができたから・・・」とか「結婚することになったので・・・」、あるいは「妊娠を考えているから・・・」という理由で梅毒の検査を希望する人がいます。そういう人たちの検査をして、「梅毒がみつかる」、ということがときどきあります。

「梅毒がみつかる」というのは、正確に言うと2種類あって、1つは「現在感染していて他人に感染させる可能性がある」というケースでこの場合は直ちに治療を開始します。もうひとつは、「過去に感染していたけれども現在は治っていて他人に感染させることもない」というケースです。

 後者の場合、もちろん治療は不要で届出義務はありませんが、患者さんはびっくりします。「過去に感染していたなんて間違いじゃないですか。そんな覚えはありません」と言われるわけですが、こういうことはしばしばあります。

 なぜそんなことが起こるかというと、梅毒は感染しても必ずしも発症するわけではなく、自然に治ることもあるからです。また、梅毒の治療以外の目的で抗生物質を内服したり点滴したりすることがあり(例えば細菌性の腸炎や扁桃炎など)、その結果体内の梅毒の病原体が死滅した、という可能性もあります。

 患者さんによく聞いてみると、「そういえば、数年前に皮膚に発疹ができたけれど抗生物質を飲んでよくなった」と答える人がいます。こういうケースは、断定はできないものの、梅毒の診断はつかなかったけれども結果として梅毒が治癒した、という可能性が考えられます。そして、こういう場合は当然のことながら届出はなされていないのです。

 では、梅毒の感染者は実際にはどれくらいいるのか・・・。この点については次回お話したいと思います。

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増え続ける梅毒 その1

 梅毒というと「過去の病気」というイメージがないでしょうか。

 過去には世界中で大流行し、感染から10年以上の月日を経て精神症状や脳神経症状も発症することのある大変恐ろしい病気でしたが、抗生物質の普及により、今では完全に治る病気になっています。

 今回は、その梅毒が再び増加している、それもここ数年でこの日本で増えている、ということをお話したいのですが、その前に世界史にも登場するこの梅毒という病についておさらいをしておきましょう。

 梅毒が世界で大流行したきっかけはコロンブスであろうと言われています。15世紀後半にコロンブスの探検隊員らが新大陸の女性と交わった結果、梅毒に感染し、それをヨーロッパ大陸に持ち帰った、とされており、この説は様々な観点からほぼ間違いないであろうと考えられています。

 コロンブスが持ち帰ってから、梅毒はまたたく間にヨーロッパ全域に蔓延しました。1493年にスペインで大流行し、1495年のフランスーイタリア戦争ではフランス軍に感染し、その後全ヨーロッパにあっという間に広がりました。さらに、1498年のバスコ=ダ=ガマのインド航路発見により、東南アジアや中国へも広がりました。1512年には大阪(大坂)でも確認されています。わずか20年程度で世界中に広がったということになります。

 梅毒という病気が興味深い理由のひとつは、国(地域)によって呼び方が違うということです。例えば、イギリス人は「フランス病」、フランス人は「ナポリ病」(もしくは「イタリア病」)、イタリア人とオランダ人は「スペイン病」、ポルトガル人は「カスチリア病」、ロシア人は「ポーランド病」、ポーランド人は「ロシア病」と呼びました。日本では「琉球病」と呼び、琉球では「南蛮病」と呼んだと言われています。なぜ、このように地域の名前が付けられているかというと、当時の人々は「この恐ろしい伝染病は敵国から伝わってきたに違いない」と考えた(そう思いたかった)からでしょう。

 日本では江戸時代に梅毒が大流行しています。大流行というのは文字通りの「大流行」で、例えば、杉田玄白は、年間の診療患者1,000人のうち、700~800人は梅毒にかかっていた、と回想録で述べています。また、町人の人骨の11.5%に骨梅毒が認められたという報告もあります。江戸時代の武士が梅毒に罹患し鼻がもげおちて・・・、という話は古典落語の中にもあります。

 当時は抗生物質がなかったわけですから、梅毒に感染すると10年以上の月日を経たあと、精神症状を発症したり、手足が動かなくなったりして、やがて死に至りました。抗生物質がなければ、梅毒とは「死に至る病」なのです。

 その梅毒が今、日本で増え続けています。

 2008年9月に国立感染症研究所から発表された「病原微生物検出情報」によりますと、2003年まで年間報告数が減少していた梅毒が、2004年に増加に転じ、2006年、2007年はそれぞれ前年から約100例増加しています。

 新規感染の総数がどれくらいかというと、2004年から2007年の4年間で報告された合計数は2,452人となっています。

 2,452人というこの数字を見てどのように感じるでしょうか。HIVの新規感染はエイズ発症者も含めて年間およそ1,500人程度です。一方、梅毒は4年で2,452人(2007年だけだと737人)ですから、「なんだ、梅毒が増えているっていってもHIVに比べると随分少ないんだな」と感じるかもしれません。

 しかし、それは大間違いなのです。

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プロフィール

医師。NPO法人GINA(ジーナ)代表。
太融寺町谷口医院(11月1日に「すてらめいとクリニック」から名称変更)院長。大阪市立大学医学部非常勤講師。著書に『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』(文芸社)など。