ドクター谷口の「セイフティ・セックス講座」

性器ヘルペスに悩まないで! その3

 Aさんの性器ヘルペスは、数日間の治療で完全になくなりました。しかし、Aさんの彼氏がそうであったように、Aさんの身体からヘルペスウイルスが完全に消えるということはありません。症状がおさまった後もAさんの身体の奥(神経節)に潜んでいるのです。

 ということは、Aさんも今後再発に気をつけなければなりませんし、ヘルペスウイルスが"挨拶"なしに体表にやってくることもあり、その場合はAさんも気づかないうちに他人に感染させてしまう可能性があります。

 Aさんは彼氏の口からヘルペスウイルスをもらって性器ヘルペスを発症しましたが、もしもAさんが彼氏以外の男性(女性でもいいですが)と性交渉をすれば、オーラルセックスで口唇ヘルペスを発症させてしまうこともあり得ます。もちろん腟交渉で男性のペニス(陰茎)や陰嚢に性器ヘルペスを発症させることもあり得ます。そして、この場合は、「コンドームをしていても」、です。

 性器ヘルペスは、皮膚と皮膚(粘膜)との接触によって感染しますから、コンドームはあまり意味がありません。コンドームは非常に大切な「性感染症から身を守るツール」ではありますが、性器ヘルペスに関して言えば、「ほとんど」とは言いませんが、あまり役に立つものではないのです。

 Aさんのようにクンニリングスで男性の口唇から女性の外陰部に感染するということもありますし、フェラチオで女性の口唇から男性のペニスに感染、という場合も珍しくありません。またコンドームを装着しての腟交渉で、女性の外陰部から男性の陰嚢やペニスの根元に性器ヘルペスがうつることもよくあります。コンドームに覆われていない部分が女性の外陰部に接触するからです。その逆に、男性の陰嚢やペニスの根元付近にやってきていたヘルペスウイルスが女性の外陰部に感染することもあります。

 では、Aさんはこれからどういったことに注意をすればいいのでしょうか。

 まずはAさんがヘルペスの再発を起こさないように注意することが大切です。再発しなくてもウイルスが体表にやってくることもあるんだから意味がないんじゃないの? と思われるかもしれませんが、やはり他人に感染させやすいのは再発を繰りかえしている人です。再発するということは、それだけ多くのウイルスが勢いよく体表にやってきているということですから、他人に感染させる可能性が高くなるのです。

 どのようなときに再発しやすいか、については、圧倒的に多いのが疲れていたり睡眠不足があったりするときです。アルコールの飲みすぎでも再発しやすくなると言われています。他の性感染症をおこしたときにも再発しやすくなります。口唇ヘルペスで言えば、紫外線も要注意です。ゴールデンウイーク前後の紫外線の量が増えるときや、スキー場での日焼けがきっかけで口唇ヘルペスが再発した、というのはよくあることです。

 体調管理や紫外線対策以外で最も気をつけなければならないのは「再発すればすぐに治療をする」ということです。この点は非常に大切です。性器ヘルペスは初発時には発熱や倦怠感などが出ることがありますが、再発の場合は、見た目にも少し赤くなる程度のことが多く、痛みやかゆみもたいしたことがありません。患者さんのなかには「少し痛がゆい程度でその症状をとるための薬もほしいと思わない」と言う人もいます。それに、この状態で何もせずに放っておいたとしても、数日のうちにそういった症状は消えていきます。

 しかし、症状がたいしたことがなく放っておいても消えるからといって、再発を繰り返すようになれば、それだけ他人に感染させる可能性が強くなっていると考えるべきです。再発の場合、軽症であれば塗り薬だけですぐに治りますし、気になるようであれば飲み薬を併用すればいいのです。

 体調に気をつけて、再発すればすぐに治療をおこなう、ということをしていてもそれでも再発を繰り返すようなら「再発抑制療法」をおこなうという方法もあります。これは、おおむね1年間飲み薬を1日1錠飲み続ける方法で、これをおこなうと飲み薬をやめてからも再発する可能性はグンと低くなります。ただし、可能性がゼロにはならず、大半の人が再発抑制療法をおこなうと再発しなくなるのは事実ですが、それでも再び再発をおこすという場合もないわけではありません。

 性器ヘルペスは再発が大変悩ましいことではありますが、なかには「初発から20年以上たったけど一度も再発していないし、他人にうつしたこともない」という人も実は大勢います。また、「初発以来、数年間の間は年に何度か再発していたけれども、ここ10年くらいは一度も再発していない」という人も珍しくありません。

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性器ヘルペスに悩まないで! その2

 性器ヘルペスを発症したことがなく、口唇ヘルペスを起こしたことはあるものの、Aさんとの性交渉のときにはまったく症状がなかった「彼氏」からAさんに性器ヘルペスが感染したのはなぜなのか・・・。それに対する解説を始める前に、Aさんの性器ヘルペスが「彼氏」から感染したのは100%間違いがないのか、について検討しておきましょう。

 結論から言えば、100%の確証をもってAさんの性器ヘルペスは「彼氏」から感染したとは断定できません。

 なぜなら、性器ヘルペスは「初感染」と「初発」は必ずしも一致しないからです。むつかしい言葉がでてきましたので解説を加えておきましょう。

「初感染」とはヘルペスウイルスが体内に"初めて感染"することで、「初発」とは性器ヘルペスや口唇ヘルペスといった症状が"初めて発症"することです。多くの場合、初感染から数日から1、2週以内に水泡や発赤、痛みといった症状を発症します。しかし、そうでない場合もあるのです。

 例えば、脳梗塞で寝たきりの状態となり療養型の施設に10年以上入所している80歳の女性がいるとしましょう。その女性がある日突然性器ヘルペスを初めて発症することがあります。初めて発症するわけですからこれは「初発」です。ところが脳梗塞で寝たきりですから、数週間以内の性交渉などあるはずがありません。この女性は、若い頃に性交渉でヘルペスウイルスに感染しており、何十年の月日を経て80歳になってから初めて発症(初発)したわけです。

 こういうことはよくあるわけではありませんが、ときおり起こりえます。ということはAさんも現在の「彼氏」からではなく、学生時代に交際していた元カレ(ex-boyfriend)から感染していた可能性も完全には否定できないということになります。

 とはいえ、状況から考えてやはりAさんは現在の「彼氏」から感染している可能性が強いでしょう。それに、誰から感染したかといういわば"犯人探し"はヘルペスに関して言えばあまりおこなっても意味がありません。それよりも、これからAさんはどういったことに気をつけるべきかに注意を向けることの方が大切です。

 しかしその前に、性器ヘルペスを発症したことがなく、性交渉のときには口唇ヘルペスも発症していなかった「彼氏」からAさんにヘルペスウイルスがどのように感染したのかについてお話しておきましょう。

 ヘルペスウイルスの最大の特徴は「一度感染したら一生消えない」ということです。ヘルペスウイルスは非常に感染力が強く、他人との接触を通して皮膚や粘膜から感染します。そして一度感染すると二度と体内から消えることはありません。症状がなくなったとしても、ウイルス自体は身体の奥の神経節に潜んでいます。

 口唇ヘルペスでも性器ヘルペスでもあるいは他の部位のヘルペスでも、神経節からウイルスが体表にやってきたときに「再発」が起こります。しかし、神経節からウイルスが体表にやってくれば必ず「再発」が起こるわけではありません。

 神経をたどってウイルスが体表(口唇や性器)にやってきても何の症状もおこさずにまた神経節に帰っていくこともあるのです。症状が出ないわけですから、宿主(ヘルペスに感染した人)からすれば、まさかウイルスが体表にやってきたとは思わないわけです。遠いところからやってきたんだから"挨拶"くらいしていけよ、と思いますが、ヘルペスウイルスはときに"挨拶"なしに身体の奥に帰っていきます。

 "挨拶"がないということは「再発」がないということで、宿主からすればいいことのようにも思えますが、実際はその逆です。"挨拶"がないために「他人に感染させる」というやっかいな問題が起こるのです。

 Aさんの例に戻って考えると、口唇ヘルペスを起こしたことのある彼氏の身体の奥(神経節)からヘルペスウイルスが体表(口の周り)にやってきたのだけれど"挨拶"がなかったものだから彼氏はウイルスの訪問に気づいていなかった、そして彼氏も気づかないままヘルペスウイルスがAさんの外陰部に感染した、というストーリーが考えられるというわけです。

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プロフィール

医師。NPO法人GINA(ジーナ)代表。
太融寺町谷口医院(11月1日に「すてらめいとクリニック」から名称変更)院長。大阪市立大学医学部非常勤講師。著書に『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』(文芸社)など。