ドクター谷口の「セイフティ・セックス講座」

子宮頚ガンとHPVワクチン その3

 では、どのような人がワクチン接種をすべきか、という点について考えていきましょう。

 まず、性交渉の経験がない女性に対しては極めて有効です。HPVワクチンは発売されてからそれほど時間がたっておらず長期的なデータはありませんが、最近の研究では、ワクチン接種後6年以上が経過しても、子宮頸ガン発生に対する良好な予防効果が持続することが確認されています。(『Lancet』2009年12月12日)

 このため、小学校高学年から中学生くらいの女子全員にワクチンを接種すべきだという考えが成り立ちます。実際、HPVワクチン接種を世界で最も早く開始したオーストラリアでは、2007年4月から、12歳から26歳までの女性なら誰でも公費で(無料で!)接種できることになっています。米国でも州によってはワクチンの公費での接種がおこなわれているようです。

 予防医学に積極的な欧米諸国とは異なり、ワクチン途上国と呼ばれている日本では公費負担の接種など到底現実的でないだろうとみるむきが多かったのですが、日本でも新潟県魚沼市が2010年度予算案に約800万円を計上し、希望する10代前半の女性全員に無料ワクチン接種をおこなうことを発表しました。

 なお、2009年12月に発売となった子宮頚癌のワクチン「サーバリックス」の接種の仕方は、6ヶ月をかけて3回(2回目は1回目の1ヵ月後、3回目は2回目の5ヵ月後)の接種、費用は(自費診療ですから)医療機関にもよりますが、だいたい5~7万円くらいになると思われます。

 では、10代後半以上の性交渉の経験がある女性に対してはどのように考えればいいのでしょうか。

 サーバリックスの製造元であるグラクソスミスクライン社によりますと、サーバリックス接種の対象者の年齢制限はとくに設けておらず、何歳になっても接種可能で効果が期待できるとしています。これは、先に述べたように、すでに感染してしまったHPVにはワクチンは無効であるものの、HPVは生涯に何度も感染することがあると考えられており、これから感染するかもしれないHPVに対してワクチン接種が有効と考えられるからだそうです。

 このあたりの理論をおさえるのは少々むつかしいように思われます。一般的には、病原体に感染すればワクチン接種をするよりもいったん罹患した方が強い抗体が形成され、それ以降の感染を防ぐ免疫力が大きいと言えます。例えば、麻疹(はしか)は、ワクチン接種をするよりもいったん感染して治癒した方が強い免疫力がつきます。

 しかし、HPVの場合は、いったん感染して自然治癒しても新たに感染する可能性がある一方で、ワクチンを接種すれば自然治癒したときよりも強い免疫力がつく、と説明されているのです。

 ここで重要なことは、ワクチン接種をすれば絶対に子宮頚ガンにならないわけではない、ということです。その理由のひとつは、サーバリックスはたしかにハイリスク型の16と18には高い有効性があるのですが、HPVのハイリスク型は16と18以外にもあるからです。また、麻疹ワクチンのようにいったん抗体ができれば生涯罹患しないというわけではなく、免疫効果は数年から十数年後にはなくなる可能性があります。

 グラクソスミスクライン社によりますと、サーバリックスの力で、だいたい7割程度の子宮頚ガンの発症を防げるそうです。ということは、ワクチン接種を規定どおりにおこなったとしても、やはり定期的な子宮頚ガンの検査は必要になるということになります。ワクチンを接種した人に対してどの程度の頻度で子宮頚ガンの検査をすべきか、ということについては議論の分かれるところですが、私個人としてはワクチン接種をしたとしても、遅くとも20歳を過ぎており性交渉の経験があれば、年に一度の検査をすべきではないかと考えています。

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子宮頚ガンとHPVワクチン その2

 ここ半年くらいの間、HPV感染の有無を調べてほしいと言って私の元を受診する男女が増えています。これは、おそらく日本でもHPVワクチンが認可されて、2009年12月から一般の医療機関でワクチン接種が可能になり、マスコミがそれを報道する機会が増えたからではないかと思われます。

 HPV感染の有無を調べてほしいという依頼が増えているのは、世間にHPVという病原体が認知されるようになってきたという意味では歓迎すべきことなのですが、どれだけ正確に理解されているかを疑問に感じることがしばしばあります。

 というのも前回述べましたように、<HPV感染→子宮頚ガン>と単純に理解している人が少なくないからです。過剰に気にしている人のなかには、「自分がHPVに感染しておらず、婚約者が感染していたとすれば婚約解消を考える」という女性までいて大変驚かされたことがあります。この女性は、夫がHPVを持っていれば夫婦生活を通していずれ自分はガンになる、と考えていたのです。

 私は、HPV感染の有無を調べてほしいと言われても、まずはその必要性はそれほど高くないことを説明します。  

 まず、前回述べたようにHPV感染がガン発症に直結するわけではありません。次に、もしもHPVを死滅させることのできる薬があれば、HPVの有無を調べることに意味がありますが、そのような薬は存在しないのです。HPVの検査をして仮に「HPV陽性」という結果が出たとしても、どうすることもできないのです。せいぜい、「年に一度のガン検診を忘れないように」と助言することができるくらいです。

 それからもうひとつ。HPVの有無を調べる検査は保険適用がありませんから、調べるのに高額な費用がかかります。価格は医療機関によっても異なりますが、だいたい2万円前後(ハイリスク型の有無まで調べれば5万円前後)はします。ということは、高い費用をかけてHPVの検査をして、陽性だったとしても治療法はなく、年に一度のガン検診を(これまでどおり)おこなうしかすることがないのです。HPVが陰性と判ったときにどうすべきか、というと、やはり年に一度のガン検診をすることになります。

 HPVの検査をして陰性だったときは、ガン検診を毎年ではなく2~3年に一度にする、という考え方もありますが、子宮頚ガンの検診はほとんど痛みがなくおこなえる簡単な検査(クラミジアや淋病の検査と同じような検査)ですから、私個人の考えを言えば、HPVが陰性であったとしても年に一度はガン検診をおこなうべきだと思います。

 HPVの有無を調べる検査に意味があるとすれば、それは「陰性であればワクチンを接種する」という前提で検査をするときです。しかし、この考えもそれほど有用なわけではないと私は考えています。というのも、例えば麻疹(はしか)ウイルスの場合は、いったん感染して治癒すると通常は終生免疫ができて生涯を通して再感染することはありません。一方、HPVの場合はこのようなタイプの感染症ではありません。HPV感染は一度感染して治癒したとしても、数年後に再感染することがあると考えられているのです。

 ということは、HPV陽性であったとしても、いずれいったん治って新たに感染する可能性があるわけです。ならば、HPV陽性の人もワクチン接種をすべきである、ということになります。HPVワクチンの対象者については後述しますが、HPVの有無に関わらずワクチンがすすめられるのだとすれば、高いお金を払っておこなうHPVの検査の有用性が乏しくなります。

実際、2009年12月に発売になった「サーバリックス」というワクチンの製造元のグラクソスミスクライン社では、10歳以上の女性であればHPVの有無に関わらずワクチン接種をすすめています。

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プロフィール

医師。NPO法人GINA(ジーナ)代表。
太融寺町谷口医院(11月1日に「すてらめいとクリニック」から名称変更)院長。大阪市立大学医学部非常勤講師。著書に『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』(文芸社)など。