遊郭
「吉原炎上」のウソ 8/妓楼の調度と娼妓の衣装
娼妓たちの生活ぶりについては、のちのち詳しくやっていくとして、原作に描かれている吉原の様子と、ドラマとはずいぶん印象が違います。
吉原の石版画や絵葉書にしばしば登場するものとして時計台があります。大門から見えるところにあったもので、当時の吉原を象徴するものと言っていいでしょう。
この時計台があったのは、久野がいた角海老であり、当然、原作ではこの時計台が描かれてますが、ドラマではこの時計台が出てきませんでした。見逃しただけかもしれないし、出て来なかったとしてもたまたまかもしれませんが、ここにも意図があるのではないかと疑えます。
吉原は、伝統や格式を重んじつつ、時代の先端であり続けた場所でもあります。江戸時代は、流行を発信する場所であり、流行を仕掛けるために吉原で商品を配るようなことまであったと言います。今で言えば女子高生にサンプルを配るようなものです。
衣装や化粧だけでなく、原作にある絵には、建物の入り口や廊下に洋風のランプがあります。洋風のバルコニーも描かれ、さらには主人公と客がベッドで寝ている絵まで出てきます。
明治20年代の吉原にこんなものが導入されていたことに、私自身、驚きました。このシリーズの冒頭に書いたように、原作はずいぶん前に読んでいたのですが、当時はそこまで読み込む能力がなかったので、今回読み直して驚いたのです。
こういった洋風の調度が導入されるのは、早くても明治44年の大火以降、あるいは関東大震災以降のことだとばかり思ってましたが、ベッド自体がまだ珍しかった時代には、豪華な演出として導入する意味があったのでしょう。
久野はこんなことまで娘に語り継ぎ、それを著者が聞いたのか、著者がどこかの資料で確認したものなのか不明ですが、ドラマと違って、原作は時代考証もしっかりしているので、実際にこういう調度品が使用されていたのでしょう。考えてみれば、時計台もハイカラな建造物ですから、内装や調度品もそれに揃えていてもおかしくはない。
久野が最初に入った中米でのこと。初日に周旋人に案内された際、廊下の窓に色ガラスがはめられていて、久野はそれが「ステンドグラス」というものだと教えられる描写があります。高価なものだったはずで、貧農の育ちではなく、士族の出であった久野が知らないものを吉原ではいち早く取り入れていたわけです。
ドラマではここから20年もあとの設定になっていますから、さらにモダンな外装、モダンな内装、モダンな調度品になっていたことが想像できます(明治末期になると、私娼に人気が集まって、それに対抗する意味で、あえて古さを演出する必要が出てきた可能性もありますが)。
すべてを忠実に再現すると、今の時代には奇異に見えてしまいかねないですし、なお多くの部屋は畳に布団だったでしょうから、ここはいいとして、どうもあのドラマは、時代をあとにずらしているにもかかわらず、積極的に古くささを打ち出そうとしているように思えます。今の時代と切り離すことで、あり得ない話のリアリティを出そうとしたのでしょうか。
原作のように、明治20年代であればわかるとして、また、伝統的な正装をする花魁道中の時はいいとして、娼妓たちの服装が古すぎるようにも思います。明治末期以降の娼妓の写真では黒紋付になっていることもあります。写真だけを見ると、芸妓なのか娼妓なのか、区別することは困難なのです。
ここは私も確信はないですが、明治末期には、正装する場合でも、江戸時代の花魁姿をすることはほとんどなくなっていたようで、明治末期には娼妓という職業に対する蔑視も強まりますから、「らしい」格好を避けるようになっていたのかもしれません。
「伝統を重んじる妓楼があったのだ」と言われれば、「ああ、そうですか」としか答えられないですけど。
なお、現在、黒紋付は既婚女性の正装になっていますが、かつては芸妓たちの座敷用の衣装でもあって、今もめでたい席や正月の座敷で、芸妓たちは黒紋付を着ます。地域差があるかもしれないですが、赤坂や神楽坂では、正月に芸妓たちが揃って黒紋付を着ている姿を見ることができます。
また、黒紋付は、江戸末期から大正くらいまでは広く一般に花嫁衣装でもあって、戦後になってもなお黒紋付が花嫁衣装だった地域もあるようです(昨今復活の兆しもあり)。今では日本の伝統のように見える「花嫁=白無垢」ですが、黒が駆逐されたのは、西洋の影響と思われます。白装束は今も死者の衣装であるように、日本での白はあの世の色という意味合いもあり、神の領域を示す色です。対して黒は派手な色、艶やかな色ですから、色の感覚は、実のところ、曖昧で、流動的なものだったりします。
結婚式の時に着た花嫁衣装を留袖に直して着たことから、黒紋付は既婚者の正装になり、花嫁が着なくなって以降は、あたかも中年の服装であるかのように見えるようになったんですね。
思い切り、話が横道に逸れてしまいました。(続く)