遊郭
「吉原炎上」のウソ 7/娼妓たちの関係
遊廓時代のスタイルを残している大阪の飛田では、今も同じく「いかに働く女たちの和を乱さないか」の教えが生きています。
女たちは決して自分から「遊んで行ってよ」などと直接客に声をかけてはいけません(ランクの落ちる店ではこれをやることもあるのは昔と一緒)。飛田では、声をかけるのはおばちゃんと言われる人たちの仕事です。おばちゃんは昔の鴇手の仕事もします。
また、客が見られるように、店先に女たちは出るわけですが、全員が横一列に並んでしまうと、器量の悪い子はなかなか指名されないので、一人一人順番に決まった時間だけ客の前に顔を出すことになってます。チャンスは等しく与えられ、その時間に客をつける努力をします(今はそうは客が来ないので在籍は少なく、同時に3人も4人も出勤していることがほとんどありませんから、そうする意味は薄くなってますが)。
今の時代に、こうやって顔を晒すのは残酷だという意見もあるでしょう。写真で指名できるようにすればいいではないかと。ところが、こうした方が格差が生じにくいのです。
かつての遊廓でも、店先で顔を見せる「張見世(はりみせ)」という方法がとられていたのですが、大正時代になると、人権侵害だというので、遊廓では張見世が禁止されて写真見世になります。写真見世自体は、明治末期から始まっていたのですが、この方法しか許されなくなり、これによって見栄えのいい娼妓ばかりに客がつくことになります。
張見世では、そこにいる女たちの中から選ぶしかないわけですが、写真があると、「なんだよ、あの別嬪さんはもう客がついたのかよ」とどこまでも比較されて、売れない妓は今まで以上に客がつかない。客がついている娼妓の写真を見せないようにしても、客に求められたら見せないわけにはいかない。
こうして稼げる娼妓と稼げない娼妓の格差が広がったばかりでなく、人気のある娼妓には客が殺到して健康を害することになってしまいました。
客としても、生で顔を見られない遊廓よりも、顔を見られる私娼に流れてしまい、遊廓の凋落に拍車がかかっていきます。人権の名のもとに営業妨害されたようなものです。
この辺の事情は鷲尾浩著『風俗問題』(冬夏社・大正10年)に詳しく出ています。この本は「人権を名目にした遊廓に対する締め付けはむしろ女たちの生活を苦しくさせるのであって、遊廓を残した上で労働環境の向上を目指すべきであり、社会の改革をするしか根本的な解決にはならない」という姿勢が貫かれている好著です。のちに再度登場します。
東京ではあまりないのですが、地方都市の風俗店に取材を申し込むと、「足並が乱れるから」と取材を断られることがあります。一人の女の子が雑誌に出て人気が出てしまうと、他の女の子らがむくれる。店に客が集まれば、結果、全員が得をするのですが、それを皆にわからせるのが面倒で、一人をクローズアップするタイプの取材は断るのです。
それでも今の時代は、人材を多数集めて、その中から人気のある子ややる気のある子を選別し、そうじゃない子は切り捨てていくという考え方の店もあって(特に水商売では)、そのために競争を煽るというやり方も成立するのですが、遊廓では一人の人材を確保するのに多大な手間や金がかかりますから、「人気がないのは切り捨て」なんて考えはでてきにくい。
まして共同生活をするとあれば、競争心よりも協調性を優先するしかなく、店側はそれを教え込むってものです。
それを踏まえれば、原作にある鴇手のセリフは納得しやすいのに対して、女同士の嫉妬や諍いをからめて進行していくドラマ「吉原炎上」はいかにも浅はかです。とくにドラマでは大店という設定になっているのですから、ましてあのような殺伐とした雰囲気なのは不自然です。
とは言え、鴇手が協調性を教え込もうとしたのは、そうしないと決まっていがみ合いが始まるためと言えなくもなくて、ドラマの夕凪楼は、教育が行き届かない杜撰な店だったということで、ここは納得するとしましょう。実話を綴った原作に、そのような創作を加えることにはどうしても抵抗がありますので、納得できないですけど。(続く)