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「吉原炎上」のウソ 5/「花魁」と「お職」

原作でも、ドラマでも、主人公の久野は「花魁道中」をやっています。これはもともと揚屋(あげや)と呼ばれる茶屋が機能していた時代に日常的に行われていたものです。

客は揚屋に来て、そこに正装した遊女たちが出かけていって客と会います。これが本来の花魁道中であり、妓楼によってもスタイルが違ってました。

やがてこれが形骸化して、妓楼や女たちの見栄と、人集めのための見世物として行われていくようになります。とくに明治以降は、吉原を代表する店の、店を代表する売れっ子が担っていきます。それを久野がやったのですから、吉原の頂点とも言えるような存在だったわけです。

ただし、原作にある明治25年の花魁道中についての記録が見つかりません。明治以降、花魁道中は数えるほどしか行われておらず、わかった範囲で言えば、明治3年に行われてから、明治21年までは行われていません。この明治21年3月に1週間ほど行われた花魁道中は、久々の復活とあって、立錐の余地がないほどに人が集まったそうです。

この翌年にも花魁道中が行われています。この2回の花魁道中をやったのはいずれも角海老の娼妓です。

この時点で、久野は中米にまだいたはずですから、久野の前に、角海老のお職だった娼妓が花魁道中をやったのだと思われます。

この次の花魁道中は明治28年になってしまい、これは彦太郎という妓楼の娼妓がやっています。すでに久野は吉原にはいませんので、これらの花魁道中と久野は無関係だとしか思えません。

どこかで勘違いが生じたのかもしれない。時代を20年ずらしているテレビドラマの方ははなっからあり得ない話になってしまっていますから、検討する意味さえないわけですが。

その真偽はともあれ、「花魁道中」の「花魁」はランクの高い遊女のことを意味します。この「遊女」というのは、ランクを問わず、遊廓で売春をしていた女たちを意味します。これ以外に「遊妓」「妓女」「妓郎」といった言葉もよく使用されています。

時代によって意味がずれますが、江戸において、「遊女」は遊廓の女たち一般を意味していて、時に岡場所の女たちを含むこともあります。今で言えば、「娼婦」「売春婦」といった言葉と同じです。

この言葉は太平洋戦争後に赤線で働く女たちを指す言葉として公的に使用されている例があります。つまり街娼ではなく、娼家で働く女たちのことです。しかし、稀な用法であり、明治以降に使用される場合は、なにかしらの「風情」「興趣」を込めた、いわば文学的な用語と言えそうです。

ドラマでも原作でも、「遊女」という言葉は出てこず、「花魁(おいらん)」という名称を統一して使用しています。これはもともとランクの高い遊女のことです。

対して「女郎」という言葉が蔑称として出てきますが、遊女と同じ意味合いの言葉で、もともとは蔑称ではありません。蔑称として使われるようになったのは、売春する女たちへの蔑視が広がった近代になってからのことでしょう。

これらの言葉はいずれも江戸時代に始まったものであり、明治以降、公娼制度が廃止されるまでは、もっぱら「娼妓(しょうぎ)」という言葉が使用されます。これも江戸時代からの言葉ですが、明治以降は公的な用語です。芸者は芸妓で、両者を合わせて「芸娼妓」と言います。

ところが、原作やドラマでは、「花魁」を広く娼妓と同じ意味で使用しています。このように、明治以降、娼妓と同じ意味で「花魁」という言葉が使われたのかどうか気になって調べてみたのですが、「花魁」の使用法には大きく二種あったようです。

江戸時代の用法を踏襲して大店の娼妓のみを「花魁」としているものと、「吉原炎上」の原作やドラマと同様、娼妓と同じ意味で使用しているものです。「娼妓」は公的な用語でもあったので、いくらか堅い印象があって、それを避けて、趣のある名称として「花魁」が重用されたのでしょう。

前に出てきた宮武外骨編『売春婦異名集』(成光館出版・大正15年)にも【「おいらん」の名称は下落して、明治時代には中店以下第三流の娼妓をも「おいらん」と呼ぶに至れり】と出てました。

「花魁」は解決です。

しかし、ドラマでの「お職」という言葉の使われ方がおかしい。この言葉は、もともと「太夫(「たゆう」「たいふ」のどちらでも間違いではないが、「たゆう」の方が一般的)職」の「職」から来たものです。「太夫」は遊女のランクを示す言葉で、最上級の遊女が太夫です。「高尾太夫」「吉野太夫」など、名のある江戸の遊女たちに「太夫」がつけられているのはそのためです。

遊廓の初期、「お職」は役付の名称なのですが、やがては妓楼の中で客数ないしは売り上げがもっともいい遊女を指す言葉となります。つまり、ナンバーワンであり、お職を続けることを「お職を張る」と言い、お職の名前が掲示されたり、「細見」で大きく名前を出されたりしました。

ところが、ドラマでは「これからお前がお職だ」と楼主が命じるシーンが出てきて、役職のようなものとして扱ってます。

明治時代には言葉も崩れてきますが、私の調べた範囲で、明治時代に、役職として使用しているものは見当たらず、原作でも、あくまでナンバーワンの意味で使用しています。ドラマのこのシーンは、お職の古い用法を誤解したのではなろうか。

あるいは、ドラマを進行させるために、意図的な誤用をした可能性もあります。この事情は次回。

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松沢呉一のプロフィール

1958年生まれ

大学卒業後、メディア関係のいくつかの仕事を経てライターに。

当初は幅広くこなす何でも屋だったが、30代後半からは性をテーマにすることが増え、やがて風俗ライターに。
2005年、風俗ライターの肩書きを捨て、現在は単なるライター。
風俗ライター廃業をきっかけに有料メルマガ「マッツ・ザ・ワールド」をスタートさせ、毎日、1本から2本配信。
著書に『エロ街道をゆく』『ぐろぐろ』(ちくま文庫)、『風俗ゼミナール』(ポット出版)、『風俗お作法』(しょういん)、編著に『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版)など多数。