遊郭
遊女の視線
この連載では、タイトル通り、昔のセックスワークにまつわるさまざまを書いていく予定です。言葉だったり、法律だったり、業態だったり、テクニックだったり、グッズだったり、人だったり、金だったり、習慣だったり、病気だったり......。
こういう話は今までいろんなところで書いてきているのですが、まとまった単行本になっていないので、改めてこの連載をその総集編的なものにしてきたいと考えてます。ただし、何万字も費やすような場ではないので、さらりと読める読物にしていくつもりです。
雑誌やインターネットに書いてきたことと重複する部分もあるかとは思いますが、すでにそれらの原稿のほとんどは簡単には読めないため、なにとぞご容赦ください。
始まるや否や、宣伝みたいになってしまいますが、先頃出た新刊『風俗お作法』(しょういん)の中にも、古い遊廓の話や赤線の話、街娼の話、トルコ風呂の話などが出てきます。
この本は風俗求人誌「てぃんくる」の連載をまとめたもので、性風俗を中心とした接客について論じたものです。接客技術において、水商売と風俗産業は重複するところも多くて、接客業全般に通じる話を書いていると自負してます。
なおかつ、接客技術は、江戸時代も今もさして変わっておらず、古くから言われている知恵をこの本では何度も取り上げています。
その中で、江戸時代の遊女たちが客のあしらい方を語った「寝ものがたり」という本を紹介した一文があります。これは雑誌「あまとりあ」昭和26年7月号に掲載された矢野目源一「東西娼婦手練手管教科書」という文章からの孫引きで、江戸時代のいつのものか書かれていないのですが、内容からすると、江戸末期のものと思われます。
今からおそらく二世紀くらい前の遊女たちの知恵は今もそのまま通用します。例えば「客を怒らせたら泣けばいい」とか「相手によって臨機応変に言葉を使い分ける」とか「若い男は心の機微などわからないので床の中では万事大げさに、かつ回数を重ねる」とか。
では、『風俗お作法』では紹介しなかった話を今回は取り上げてみるとしましょう。
十八歳の勝山(源氏名です)ちゃんは「初会(遊廓では初回のことをこう書く)から一緒に食事をしない」と言っています。
当時は泊まりが基本ですから、通常は、客のおごりで一緒に夜の食事をすることになります。遊廓がいかにひどい環境であったかと言いたがる人たちは、「ロクに食べられなかった」なんて話を持ち出すことがよくありますが、少なくとも客がつく日は、一般庶民よりはるかにいいものを食べていたと言っていいでしょう。
今の時代にも、サンドイッチや寿司を風俗店に手土産にもっていき、一緒に食べる客がいます。ともに食事をするのは親密度を深める行為です。であるがゆえに、勝山ちゃんは初めての客とは食べず、客に会う前にお茶漬けを食べるだけだと言います。つまり、「最初から気を許さない」という知恵です。
初めての客に粗相をすると、二度と戻って来ないわけですが、だからと言って、すべてを晒すと、やはり次につながらない。そこで、「まだ先がありますのよ」ともったいぶることで二度目、三度目につなげるテクです。
二度目を「裏を返す」と言い、三度目からを「馴染み」と言い、馴染みになってからは、むしろ気を許すことで客を引っ張れるわけです。今の時代にも、馴染みになってから甘えたり、せがんだり、すねたり、わがままを言うのは有効ですが、最初からこれをやると、「ウザい女」として客は敬遠します。
これは客商売全般で言えることですし、一般の人間関係にも言えることですね。
「一度目と二度目と三度目の対応を変えるといい」と語っている遊女が複数いまして、これを読む前から私もよく風俗嬢たちに同じアドバイスをしていたものです。客の心理はいつの時代も一緒です。
もちろん、すべての知恵が今の風俗嬢たちに通用するわけではなく、遊女たちは、あわよくば借金を払ってもらって「苦界」(遊廓のこと)から脱したいと考えていますから、客に対する視線が非常にシビアです。
早い段階で客を見定めて、適切な対応をする必要があるのは、今の水商売、とくに銀座や六本木のクラブホステスです。これも『風俗お作法』に出てきますが、私の知人のホステスは、仕事が終わってうちに帰ると、すぐにその日にもらった名刺を見て、インターネットで調べます。会社の規模、従業員数、売り上げ、評価などを確認しないと、その客とどう接すべきか決定できないわけです。
インターネットなんてなかった時代に、遊女は初会の客をどう見定めるといいかについては、二十三歳の雲井ちゃんが「酒を飲ませるといい」と言っています。これだけで「月と水」を見分けられると。「月」というのは野暮な客で、「水」は粋な客のことです。月は「月並み」、水は「粋」の音読みから来たものでしょうか。いかにも遊廓らしい言葉です。
酒を飲むと、相手の育ちや生活、さらには性格までがわかり、何もせずに寝てしまう客もいますから、一石二鳥です。
遊女はセックスの相手だけでなく、長い時間、食事の相手、酒の相手、会話の相手もしなければならず、なおかつ身請けされたあと、妾になったり、正妻になったりするため、この辺りは今の風俗店とは大きく違っていますね。セックスワーカーたる遊女の置かれた立場や業態、システムの違いです。
しかし、今だって、120分のソープランドと、30分のピンクサロンでは接客内容も技術も違うってものです。また、客をパトロンにしようと狙っている風俗嬢もいます。もう結婚しましたが、ダチの風俗嬢はよく客をパトロンにしてました。これも『風俗お作法』に出てきますが、別の風俗嬢は、客を半ば騙して金を引っ張ってました。
それがいいか悪いかは別にして、彼女らのようなタイプは今も「遊女の視線」を持ち続けていると言えるかもしれません。