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「吉原炎上」のウソ 12/肺病の時代

ドラマ「吉原炎上」では、主人公の久野と同じ妓楼の娼妓が肺病で亡くなります。つまりは結核です。

原作にも、同じ妓楼に主人公の久野のすぐあとでやってきた小花という娼妓が肺病で亡くなったとあります。肺病に罹ったことが判明した小花は、三部屋ある自分の部屋を出されて、妓楼の隅にある行灯部屋に押し込められます。久野が抗議して移動させられるのですが、移動先も薄暗い小部屋であり、久野はひどい仕打ちを嘆きます。

すでに書いたように、中米では、娼妓の部屋は三間もありました。狭いところに監禁同然に押し込められていたように思っている人たちは驚くことでしょうが、中店以上の妓楼では、娼妓の部屋は二間あって、大店では三間あるのが当たり前。中米は、「細見」で小店扱いなのに、三部屋もあったのは特別かもしれませんけど。

もし本当に久野が妓楼のやり方をひどいと感じていたのであれば、結核のことをよく知らなかったのだとしか思えません。結核菌が発見されて間もない明治20年代のことであれば、正しい病気の知識がなかったのもやむを得ない。

結核は感染しますから、隔離するのは当然であり、妓楼の措置は間違ってません。抗生物質が出てくるまで、現在の交通事故死の何倍もの人が亡くなっていて、結核は日本人の死亡原因第一位です。民間療法はさまざまあったにせよ、安静にして抵抗力をつける以外に対策はない。

吉原の娼妓たちは、遊廓のすぐ横にあった吉原病院に行くことが可能でした。治療費は自腹ですけど。しかし、結核に関しては、病院に行ったところで、どうしようもない。病院に行かせないのでなく、行っても意味がない。

そこで、「どうせ死ぬのであれば、少しでも金を返済したい」「少しでも実家に仕送りしたい」という娼妓や、「少しでも返済させたい」という楼主がいたようでもあって、これが「遊廓はひどい」という話にもなっていくのですが、現に原作では、そんなことは書かれておらず、小花は隔離されて、ひたすら寝ているだけです。最善の方法と言ってもいいのではないでしょうか。

正岡子規など、結核で亡くなった著名人も多数いて、金があっても死ぬ。娼妓だけが死んだわけではありません。

咳をした時の唾液の飛沫などから感染する結核は、軍隊や工場など、共同生活をする場で蔓延しやすく、多くの人と肌を接する娼妓も感染リスクが高いわけですが、小花は吉原にやってきて2年で亡くなってますから、その前に感染していた可能性が大です。

遊廓に入る際には身体検査があって、結核が発覚したら働けなかったため、その段階では症状がまだ出ていなかったのでしょう。

ドラマでは、亡くなった娼妓は浄閑寺に葬られたことになっていますが、原作では姉が棺桶を引き取ったとあります。ドラマは現実を無視して、悲惨な話にしたくてしたくて仕方がないようです。

原作のように、娼妓が亡くなった時は親族が遺体を引き取り、葬ります。会社や学校で亡くなったら、親族が引き取るのと一緒です。

契約書にもそう明示されているのですが、親族が引き取ることを拒否することがあります。必ずしも冷酷ってわけではなく(そういう親族もいたでしょうけど)、葬儀を出す金どころか、遺体や遺骨を引き取りに東京まで来る金もない場合もあります。金のある家であれば、そもそも娘が娼妓になる必要はないわけで(家庭の事情ではなく娼妓になった女たちの方が多かったという意見もありますが。これについてはもっとあとで書きます)。

金を持っている馴染み客がいる場合は、親族に代わって葬儀をし、墓を作ってやることもありましたし、世話になった遊女が亡くなった時には楼主が墓を作ってやったこともあったようです。管理する人がいなくなるため、そういった墓はやがて撤去されることになったものが多いでしょうが、墓地だけでなく、遊廓内に建てられた遊女の墓が今も残っていることがあります。

親族が引き取らず、楼主も馴染みも墓を作ってくれない遊女は、浄閑寺など近隣の寺に無縁仏として葬られます。今の時代も、親族がおらず、いても遺体の引き取りを拒否すれば、公共の慰霊塔に葬られるのと一緒です。

この浄閑寺は「投げ込み寺」と言われています。この名称は多くの誤解を招いています。

この名称の由来はふたつの説があります。ひとつは安政の大地震の際に、大量の人が亡くなったため、遺体を穴に投げ入れたというもの。もうひとつは、浄閑寺には妓楼ごとに無縁仏の墓があって、そこに投げ込むように葬ったというもの。

前者は遊廓の過酷さ、無情さとはなんの関係もありません。安政の大地震では、江戸の人口の1パーセントが亡くなっていますから、亡くなったのは遊女だけではなく、近隣の人たちも多数含まれてます。一人一人を埋葬することができないくらいに多くの人が亡くなったことを表しただけの言葉が「投げ込み寺」だったわけです。

後者は遊女の哀れさの意味するものではあるのですが、妓楼が金を払って葬儀をやり、自分のところの墓に葬っているわけです。そんな義務などないのに、親族の代わりにやっているのですから、妓楼が責められるような話ではありません。

これがいつの間にか、遊女が亡くなると、葬儀もせずに寺に捨てられたという意味にされ、ドラマでもそう説明されてました。

原作では小花の遺体は姉が引き取って、浅草の墓地に葬られているのに、どうしてわざわざ改竄して、デマ話で彩る必要があるのでしょうか。娼妓がいかに悲惨か、妓楼がいかに酷薄かを強調したかったのでしょうが、酷薄なのは、こういうデマを流す人たちです。

原作において、主人公の久野と同じ楼の娼妓で亡くなったのは小花だけだったようですが、他の楼で亡くなった小萩という娼妓の話が出ています。これも肺病です。当時の吉原には三千人近い娼妓がいたのですから、毎年のように結核で亡くなっていたのでしょう。

このことを久野に教えてくれた娼妓は「遊女の悲しさ」として語っています。「この時代は、いかに多くの人たちが結核で亡くなっていたか」を語るエピソードであって、娼妓に限ったことではないのですが、親族のいないところで死んでいくのですから、強い悲しみはあったでしょう。(続く)

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松沢呉一のプロフィール

1958年生まれ

大学卒業後、メディア関係のいくつかの仕事を経てライターに。

当初は幅広くこなす何でも屋だったが、30代後半からは性をテーマにすることが増え、やがて風俗ライターに。
2005年、風俗ライターの肩書きを捨て、現在は単なるライター。
風俗ライター廃業をきっかけに有料メルマガ「マッツ・ザ・ワールド」をスタートさせ、毎日、1本から2本配信。
著書に『エロ街道をゆく』『ぐろぐろ』(ちくま文庫)、『風俗ゼミナール』(ポット出版)、『風俗お作法』(しょういん)、編著に『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版)など多数。