遊郭
「吉原炎上」のウソ 15/張見世と籬
この連載は、隔週で更新のはずだったのですが、なぜか一週間で更新になる時もありました。サイトのリニューアルに伴って、今後は、私自身が更新作業をすることになって、週に一回の更新になります。曜日を決めてしまうと更新できない日がでてくるかもしれないので、曜日は決めないでおきます。
自分で更新するとなると、いろんなことをしたくなります。
さっそく画像を入れてみました。前に告知をしましたが、予定をちょっと遅れて、最新刊『エロスの原風景』が店頭に並んでいます。と言っても部数が少ないので、並んでいる書店はほんの一部です。アマゾンで購入した方が確実です。
この中にも遊廓の絵はがきについて書いてますので、興味のある方はご一読ください。
では、本題です。前回、「いかに当時の貧困層の生活が過酷だったのか」というフリを書いて終わりましたが、この話はもっと先にやります。その前に、どの程度娼妓には自由があったのかを考えてみましょう。
ドラマ「吉原炎上」でも出てくるように、娼妓たちは店先に出て、客は籬(まがき。格子のこと)越しに眺めて相手を物色します。「吉原炎上のウソ」の第7回に書いたように、これを「張見世(はりみせ)」と言います。
ドラマでは、お職は張見世をしないということになっていました。人気があれば、張見世に出て客を探す必要はなかったでしょうが、お職が張見世に出てはいけないという話は聞いたことがありません。原作にもこんな記述はありません。
店によってルールが違うこともありましょうけど、一般にどうだったかを説明しておきます。
現実の久野も、吉原生活の後半は張見世をしなかったはずですが、お職だったためではありません。すでに書いたように、ドラマと違い、久野は中店の中米から、大店である角海老に住み替えています。
大店の自信であり、格の高さを保つ意味もあって、江戸時代から明治に至るまで、大店では張見世をしていませんでした。「うちの女たちはいつも客がついていて、外に出てくるほど暇ではないですよ」「どこのどなたでも客になれるわけではないですよ」ということでしょう。
さらに、明治39年発行の『花街風俗志』(隆文館)によると、大店だけでなく、中店も張見世をしていなかったとあります。しかし、原作では、中米で久野は張見世をしていたことになっています。これはどういうことでしょう。
答えは、葛城天華・古沢古堂著『吉原遊廓の裏面』(大学堂・明治36年)に出てました。「『吉原炎上』のウソ」の4回目に書いたように、中米は、小店から大店に成り上がった店で、この本の段階では大店扱いになっています。にもかかわらず、中米は張見世を続けていた伝統破りの店だったのです。
ドラマは、「大店の娼妓たちが張見世をしなかったこと」を「お職が張見世をしなかったこと」と誤解したのではなかろうか。あるいはわかった上での創作か。あのドラマではこんな細かな時代考証をはなっからする気はなく、どうだっていいってことでしょうけど。
この籬を牢屋に見立てて、妓楼の中に閉じ込められていたかのように思っている人たちもよくいますが、籬は逃げられないようにしていたのでなく、顔がはっきり見えないようにする工夫でした。
すべてを明るい場所で見えるようにしてしまったら、見栄えのいい女たちばかりに客がついてしまいます。すでに述べたように、格差がつくことは、娼妓だけでなく、妓楼にとっても好ましいことではありません。それを避けるために籬越しの薄暗がりにいる女たちをぼんやりと見られるようにしていたわけです。明治以降は照明を当てることによって、きれいに見せる工夫をしていたようですが。
妓楼の格子は店のランクを示す看板のような役割も果たし、大店を別名「大籬」と呼びます。立派な籬だったわけです。ランクが下がるほどに籬はチャチになっていき、小店の小格子は、竹を並べただけのものでしたし、最末端の店では、籬自体がなかったようです。最末端の店では、客としても、顔を吟味する気もなく、女たちも、店の奥に楚々として鎮座するのでなく、路上に出て客を引いたので、籬は必要がない。
原作では、籬が細い線で描かれている絵も掲載されています。女の腕でも壊せるようなものだったわけです(大店の籬はそう簡単には壊れないものだったようですが)。
ドラマ「吉原炎上」で、籬は娼妓たちを監禁するためのものだったと言っていたわけではないのですが、一般的な誤解を解いてみました。
この籬の解釈が「女は監禁されていた」「外に出る自由もなかった」という方向でねじまげられているのは、世の中には「遊廓はできるだけ悲惨な場所であった」としたい人たちがいるからです。そうすれば批判がしやいすですから。
この人たちは、女たちが、建物から出ることさえできなかったと思っているのかもしれません。そんなバカなことはない。そのことは「吉原炎上」のドラマを見てさえもわかります。
主人公の久野は、廓内を歩き回って、人と会ったり、写真館に行ったりしています。廓内には、女たちが生活に必要なさまざまな店があって、そういった店に出かけていくことができましたし、週に一回の検黴では、医者が来てくれるわけではないので、検黴所まで出かけていきます。(続く)