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「吉原炎上」のウソ 16/娼妓の自由

ドラマ「吉原炎上」で、主人公の久野は、かつての恋人である勇吉が結婚して子どももいると聞いて、そのことを確認するために吉原から逃げ出すシーンが出てきます。

遊廓から逃亡することを「足抜け」と言います。この場合は逃げること自体が目的ではないので、「足抜け」とはちょっと違いますが、娼妓たちは遊廓の外に出られないため、久野も脱出するしかなかったというわけです。

その時、用心棒のような男たちは、「どうせ戻ってくる」と追いかけません。彼らの判断は正しく、久野はすぐに吉原に戻ってきてしまいます。

しかし、逃げたことも、男たちが追わなかったことも、久野が戻ってきたことも、すべておかしな話です。

一般に思われている遊廓では、女たちは身請けされるか、年季が来るまで外に出られず、足抜けしようとしたら、すぐに追われてひどく折檻されたはずです。それでも女たちは出たくて出たくてしかたがないということになっているのですから、久野もそのまま逃げればよかったではないですか。

ドラマでは、久野は元恋人が結婚して子どもがいることを確認、しかも元恋人にひどい言葉を投げつけられ、いわば自暴自棄になって吉原に戻ってきたという設定になっていますから、戻ってきたことの辻褄合わせはできているようですが、どうして男たちは追わなかったのか、さっぱりわかりません。

男たちは、久野がどうして逃げたのかを知っていたのだとしても、許可のない外出をこのように黙認したことは考えにくい。もし久野が戻ってこなかったり、ショックのあまり川に身を投げたりしたらどうするつもりだったのでしょう。

では、原作ではどうなっているのか。原作にはこんな話は一切出てきません。これもドラマの完全な創作なのです。

その代わり、原作では、最初に久野が入った中米で、「酉の市に行く」という理由で外出して、恋人である勇吉と落ち合っています。吉原遊廓のすぐ近くにある大鳥神社の酉の市ですが、単独の外出ができたわけです。

続く角海老では、肺病で亡くなった後輩・小花の三周忌に行くと行って許可をもらい、お内儀さんに「遅くなってもかまいやしないよ」と送り出されて一人で外出し、浅草で墓参りをしたあと、やはり勇吉と会っています。こっちが主たる目的です。

全然ドラマとは違いますね。もしかすると、こんなふうに娼妓が単独で外出して、男と落ち合えたこと自体に驚く人もいるかもしれません。「外に出られたのかよ」と。出られたのです。

単独外出ではないですが、久野は伊藤博文に気に入られ、柳橋の座敷に呼ばれてもいます。信頼できる客に気に入られれば、このようなこともそう珍しいことではなかったようで、以前読んだ古い雑誌には、娼妓が客と温泉旅行に行ったなんて話も出ていてました。今もソープランドの高級店では客と外出できることがあります。女の子によっては「すべてNG」「相手によってはOK」といったように、個人にもよるのですが、馴染み客の特権みたいなものです。この場合は、料金が発生しますので、店にとってはなんら損害はありません。

また、これも単独ではないですが、妓楼単位で休みをとって、花見や海水浴に行ったなどといった話もよく古い本には出ていますし、どこかで、花見をする娼妓たちの写真を見た記憶もあります。

これが遊廓の現実であり、ドラマとは全然違いますねえ。一般の人が思い込んでいる遊廓とも違いますねえ。

親族に不幸があった場合などはもちろん、信頼されている娼妓であれば、「酉の市に行く」といった理由でも外出が許可されていましたから、ひとたび遊廓に入ったら、身請けされるか、年季明けまでは一切外に出られなかったかのような記述はおおむね間違いです。あくまで「おおむね」であって、100%の間違いではないですが(これについてはそのうち書きます)。

外出できたことまでは記述しながら、常に遣り手が付き添って監視したなどと書いてあるものもよくあるのですが、東京に慣れていない娼妓の場合はこうせざるを得ません。なにしろ地理がまったくわからない。人力車の乗り方もわからない。吉原の近くの浅草あたりには悪い男たちもたくさんいて、道に迷っているうちたに、誘拐されないとも限らない。

だからこそ、上客が一緒であれば外出を許可したことはよくわかります。逃げる気があればこの時に逃げられますが、そんなことをする女たちはほとんどいなかったからこそ、これを許可したわけです。

「酉の市に行く」として久野が廓の外に出たのは、初見世以来初めてとあって、1年数ヶ月の間は外出しなかったことになります。外出許可を出すまでにこれだけの時間がかかったのは、やはり東京に慣れるまでの時間、あるいは逃亡の恐れがないと楼主や遣り手が見極めるまでの時間が必要だったということなのだと思われます。

もちろん、今の時代に考えれば、ひどい環境であったことに違いありません。遊廓内の移動ができたとは言え、月に一回くらいは浅草で映画や芝居くらい観たかったでしょうに。そこは私も異論はないのですが、だからといって歴史的事実をねじ曲げてはいけません。

次回、このことをある小説を素材にしてさらに考えてみることにします。

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あなたの知らない性風俗史。
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松沢呉一のプロフィール

1958年生まれ

大学卒業後、メディア関係のいくつかの仕事を経てライターに。

当初は幅広くこなす何でも屋だったが、30代後半からは性をテーマにすることが増え、やがて風俗ライターに。
2005年、風俗ライターの肩書きを捨て、現在は単なるライター。
風俗ライター廃業をきっかけに有料メルマガ「マッツ・ザ・ワールド」をスタートさせ、毎日、1本から2本配信。
著書に『エロ街道をゆく』『ぐろぐろ』(ちくま文庫)、『風俗ゼミナール』(ポット出版)、『風俗お作法』(しょういん)、編著に『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版)など多数。