遊郭
「吉原炎上」のウソ 19/妓楼が娼妓の行動を制限したわけ
ドラマ「吉原炎上」の冒頭で、鶴尾という娼妓が、「ここから絶対に逃げてやる」と言いながらも逃げられず、追いつめられて自ら首を切るシーンが出てきます。吉原から出るには死ぬしかないとでも言いたいのでしょう。
ドラマでは、原作にある「久野は恋人と会うために単独で外出した」という事実を伏せた上で、原作にない鶴尾という娼妓を登場させているわけですが、外出することができた現実を知れば、「なんで鶴尾はああも思い詰めていたんだよ。逃げるにしても、外出許可を得てから逃げればいいではないか」ってことになる。元恋人が結婚していることを確認するために逃げ出した久野も同様です。
しかし、中には鶴尾のようなケースもあったでしょう。反抗的な態度を見せたり、逃げる意思を見せたりすれば、妓楼はその娼妓を信用はせず、外出許可など出すはずがない。また、好きな男がいるらしきことがわかっても同様です。
ここで改めて、妓楼が娼妓たちの行動を制限した事情をまとめておきます。
ここまで書いてきたように、もし女たちに逃げる意思などなく、外出の許可を得ても逃げなかったのであれば、いちいち許可など得ずに自由に外出できるようにすればよかったではないかと思う人もいましょう。
なぜそうしなかったのか。第一には今現在の風俗店で店外デートを禁じられているのと同じ理由からです。
店外デートを自由にできるようにすると、必ずや客と外で会って、直接商売をするのがでてきます。禁止したって、現実にこういうことをしている風俗嬢たちがいくらでもいます。風俗嬢たちからすると、全額自分のものにできるのですから、そうしたくなるのも理解できます。
風俗店に限らず、どこの会社でも、社員が業務で知り合った顧客と直接交渉して、社外で仕事をこなして金をすべて得ることは許されず、背任に問われます。
とりわけ売春は、身ひとつあればできてしまいますから、店を通さずに商売することが容易です。だからこそ、どこの店でも店外デートは禁止です。
今の時代でもそうですから、まして手にできる金が少ない上に、仕送りをしたいとの事情があった娼妓たちの中には、この誘惑に勝てないのが出てきてしまったでしょう。
江戸時代の元和五か条という取締規則の中にも「遊妓の外出売春を禁ずる」旨が書かれています。公娼制度は、私娼を認めないことと対になってますから、外で商売されてしまったのでは公娼制度の意味をなくしてしまいます。幕府や明治以降の政府にとっても、廓外での商売は御法度です。
江戸時代は、遊廓外で売春した女たちが捕まると、吉原に送り込まれました。彼女たちは罰として吉原が働くことを強いられたわけですから、牢獄の強制労働みたいなものです。こういった女たちは外出ができるはずもなく、ただひたすら脱出を試みたかもしれません。
より金を儲けたいのは多くの人たちに共通することです。楼主だけでなく、娼妓も同じ。今の時代には、労働者の権利というものが確立されていますから、経営者と労働者の「より楽により儲けたい」との欲望をすりあわせることがある程度はできるようになっていますが、百年も前になると、経営者側の力が圧倒的に強い。
当時の経営者にとって、もっとも合理的な方法は、自由に外出できないようにすることであり、これは女工や炭坑労働者、商店の丁稚たちも同様です。これらの職業では、寝る時間と食事の時間以外はすべて労働ですから、外出する時間が最初からないわけですが。
続いての事情は、すでに書いたように、娼妓を守るためです。こういう言い方は、妓楼が娼妓を痛めつけていたと信じて疑っていない人たちは反発するでしょうが、実際に妓楼を経営していた人が書いている本の中にも書かれていて、考えてみれば当然のことです。
純然たる娼妓の安全を考えてのことだけではなく、行方不明になったり、怪我をしたのでは、困るのは妓楼ですから、自分たちのためにも娼妓を守ろうとしたでしょう。
第一の理由である外での商売もまた危険を伴います。今も店舗内での事件よりも、無店舗で働く方が事件に巻き込まれやすく、出会い系サイトなどを使ったフリーのセックスワーカーが殺される事件もしばしば起きています。
そして、第三には、足抜けを恐れていたからです。楼主やお内儀が、足抜けに対して厳しく処したのは、「娼妓の安全を図ったこと」と同じ理由からです。逃げられたら、借金を踏み倒されてしまって大損です。
前々回、前回、『廓の子』で見たように、決して楽ではない経営状態の中で、楼主がもっとも恐れたのが娼妓の病気であり、病死や心中などの死であり、足抜けだったわけです。
体に残るような暴力を日常的に行った妓楼もあったようですが、極稀な例でしょう。そんなことをしたら、客がつかなくなってしまい、結果自分が損をする。しばしば楼主は金の亡者のように描かれますが、そうであればあるほど、そんなバカなことはしない。
外で商売をされることを恐れ、誘拐や事故を恐れ、足抜けを恐れたために、自由を制限せざるを得ず、好き好んでそうしていたわけではない。現にその恐れがない娼妓は単独の外出もでき、『廓の子』では買い物にも出かけさせていました。それがために逃亡するのが出てきてしまい、こうなると、それをも制限せざるを得ないでしょう。
繰り返しますが、それになんら問題がないと言っているのではなく、今の時代に見ればとんでもないことです。しかし、遊廓のみが批判されれば済むことなのかどうか。
このあとは、そのことを詳しく見ていくことにします。