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「吉原炎上」のウソ 22/前借の金額

ドラマ「吉原炎上」を観ただけでは、明治時代の日本がどんな国であったのか、よくわかりません。そんなことをドラマでいちいち説明する必要はなく、限られた時間で説明する余裕もないでしょうが、日本史の教科書を読んだところで、庶民の生活ぶりはなお十分にはわかりませんので、ああいうドラマを観ると、日本の中で、いかにも遊廓のみが悲惨であったかのように誤解してしまいがちです。

知識がなく、かつ、よく調べ、よく考えようとする姿勢がないと、そのことを「売春否定」につなげる人まで出てきます。頼む、ちょっとは調べ、ちょっとは考えてくれ。

やれ「借金で縛られて、自分の意思で辞めることはできなかった」「自由に外出することもできなかった」「稼いだ金のほんの一部しか手にできなかった」「満足な食事もできなかった」「結核で亡くなるのが少なくなかった」などと遊廓を批判し、そのことを売春そのものの否定の根拠にしている怠惰な人たちに向けて、その論理の愚劣さを明らかにしておくとしましょう。

ドラマではそこまで細かい話は説明されていなかったように思いますが、久野が岡山から吉原に来たのは、お人好しの親が保証人になって借金を抱えたためです。その返済のために久野を身売りすることになったわけですが、久野の前借(ぜんしゃく)は300円。ここから交通費などの経費分が引かれて、実際に親の手に渡ったのは120円だったと原作にあります。

これは現在で言えば、いくらくらいになるのでしょう。短期であれば、それぞれの社会的な価値に大きな変化は生じにくく、同じ商品の値段を比較すればだいたいの物価変動がわかるわけですが、明治時代ともなると、商品によって大きな違いが生じてしまいます。

銭湯の料金で比較すると、当時は今のざっと3千分の1。総理大臣の給料で言えば5千分の1。米で言えば8千分の1。新聞の朝刊購読料で言えば1万分の1。銀座の地価で言えば80万分の1(以上、週刊朝日編『値段の明治大正昭和風俗史』より)。

これだけの開きがありますから、物価の比較は難しいことを踏まえていただいて、ここでは5千分の1で計算します。久野の前借はたったの150万円です。実際に親が手にできたのは60万円ぽっち。1万分の1で計算したところで120万円にしかならない。これで6年もの間働かなければならないのはどう考えても理不尽極まりない。「今の時代に考えれば」です。

ここで考えの足りない人は「遊廓はひどい」「売春はひどい」と言い出すわけですが、ちっと待て。

現金収入がほとんどなく、よって蓄えもなく、冷害によって食うものもない貧農が、わずかな金でも渇望する事情はわかるとして、久野は士族の出です。金がなかったにせよ、両親が世情に疎くて、遊廓が何をするところかわからないということはない。

しばしば遊廓に関する本には、親は娘に詳しい事情を説明せず、時には親さえもよくわかっておらず、本人が遊廓に着いてもなおわからず、客に説明されて初めてわかって愕然とし、涙ながらに相手をするといった話が出ていますが、たいていは後世の創作でしょう。

子どもだったらそういうこともあったにしても、この時、久野は18歳であり、処女でもなかったのですから、久野自身もそのことは理解していたはずで、原作を見ても「騙された」といった話はでてきません(前借300円のうち120円しか親に渡らないことを知った久野が愕然とする描写はありますが)。

それくらい女たちが働ける場所はなかったわけです。大正から昭和になると、女学校を出た女たちが就く仕事としてデパートガール、タイピストといった先端の職種が出てきて脚光を浴びるのですが、それでも給料は驚くほど安く、今で言えば月に10万に満たない。女子のほとんどは実家に住んでいて、自分のこづかい程度稼げればよかったのでしょう。

まして明治ともなると、若い女性が現金収入を得る方法に選択肢はほとんどない。女を雇い入れたのは公務員と教員くらいでしょう。しかし、これらは学歴が必要です。

こんな時代には、家でただメシを食うくらいなら、遊廓で働いてくれた方がいいと考える親たちがいたことはそう不思議なことではないのかもしれません。家を出ていってくれるだけでも助かる。その上、十分ではないにしても、まとまった金が入ってくる。娘が人気が出て、真面目に働けば、仕送りも少しは期待できる。

なおかつ、当時は、遊廓で働くこと、働かせることに対する抵抗がなかったってことなのです。なにしろトップレディーであり、憧れの対象でさえあったのですから。さもなければ、どうして今の100万円に満たないような金で娘を遊廓に送り込むことがありましょうか。

女にとっては、結婚することがもっとも自分の商品価値を活かすことであり、とりわけ貧困層にとっては、娼妓になって金持ちに見初められるのは成功の近道という考え方さえありました。

これ以外に、学歴がなく、技能もない女が働ける場所もあるにはありました。女工です。

続きます。

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松沢呉一のプロフィール

1958年生まれ

大学卒業後、メディア関係のいくつかの仕事を経てライターに。

当初は幅広くこなす何でも屋だったが、30代後半からは性をテーマにすることが増え、やがて風俗ライターに。
2005年、風俗ライターの肩書きを捨て、現在は単なるライター。
風俗ライター廃業をきっかけに有料メルマガ「マッツ・ザ・ワールド」をスタートさせ、毎日、1本から2本配信。
著書に『エロ街道をゆく』『ぐろぐろ』(ちくま文庫)、『風俗ゼミナール』(ポット出版)、『風俗お作法』(しょういん)、編著に『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版)など多数。