遊郭
「吉原炎上」のウソ 24/娼妓と女工 2
細井和喜蔵が『女工哀史』を書けたのは著者自身が職工だったからです。体験の裏付けがあるからこその内容です。女工自身しかわかりにくい点については妻に聞いています。自分たちが知らない古い時代の話は取材をしています。これにさまざまなデータが加えられています。
一部を除いて、会社名や工場名が細かく書き添えられていることがリアリティを高めています。
著者の体験だけであれば、特異な人の特異な体験でしかない可能性もあるわけですが、多様なソースを使用することによって、おそらく全国どこでも、女工たちは同じような環境で働いていたのだろうと理解できます。
しかしながら、ちょっと気になることがあります。つねに労働者の立場から書かれていることがこの本の価値を高めているのは事実として、「経営者は敵であり、労働者は搾取され、無知なままにされ続けている」という構図のもとで、過剰に悲惨さが描かれているのではないかとの疑いを抱いてしまう箇所がいくつかあるのです。
具体的にはおいおい説明していくとして、仮に少々の誇張があるのだとしても、「『吉原炎上』のウソ」シリーズにとっては意味があります。
人は冷静な評価をしようと思っても、自分の立ち位置によってどうしてもバイアスがかかってしまうものです。過剰に遊廓の悲惨さばかりを強調する人々の書くことと比較することで、その内容を相対化でき、遊廓の悲惨さこそ、『女工哀史』以上に過剰に強調されたものでしかないことがわかってきます。こちらの場合は、しばしば「冷静に判断しようとしたのにそうなってしまう」のでなく、意図的にそうしたものだろうことも想像できてしまいます。つまり、デマってことです。
では、具体的に『女工哀史』の記述を見ていくことにします。
細井和喜蔵は労働者の募集方法を基準にして、大きく時代を三期に分けています。
第一期は「無募集時代」。明治初期のことです。工場労働の実態がわからなかったこともあって、工場に行くことに対する抵抗は薄く、農村においては新たな働き口として歓迎され、募集をしなくても人が集まった長閑な時代です。
第二期は「自由競争時代」。工場が大規模になり、数も増え、労働の実態が知られるようになったため、労働力の確保が熾烈とになります。その結果、「年期制度」が導入されて、前借(ぜんしゃく)で女工を拘束し、情報が漏れないように、親族との連絡も断絶させられ、親を騙して契約書にサインさせたり、誘拐と言えるような方法まで駆使されるようになります(本当にこんなことが行われたのかどうか怪しくもありますが)。『女工哀史』で取りあげられているのは、もっぱらこの第二期以降です。
第三期は「募集地保全時代」。無秩序な募集によって働き手を提供してきた農村が荒らされ、場当たり的な手段では安定した労働力が確保できなくなります。そのため、募集方法を制度化していきます。詐欺や誘拐めいた手法が使えなくなったという意味では、いくらかは改善されたとも言えます。
ここで注目していただきたいのは第二期にある「年期制度」です。前借はあったりなかったりするわけですが、よくドラマや小説に出てくる丁稚も年期制度のひとつで、「奉公制度」とも呼ばれます。
丁稚の間は休みもなく、自分の時間なんてものはないに等しい。給料もなく、こづかいしかもらえません。布団さえ与えられず、土間に寝たり、物置に寝たり。時には殴る蹴るの暴力も。
この場合は、将来、暖簾分けなどをして独立することや店を継ぐことが見返りとして与えられます。芸人や職人の徒弟制度もこれに近い。
娼妓や芸妓の年期制度は、将来の保証ではなく、前借という借金で労働を提供させるものであり、近代的な産業においても、第二期以降は、この制度が導入されます。
しばしば遊廓はこの年期制度によって非難されます。借金によって契約の期間、身体を拘束されて労働を強いられるのですから、今の時代から見れば人権侵害であることは明らかであり、このことから公娼は、「奴隷制度」として語られがちです。
しかし、奴隷は一生その身分から逃れることができないのに対して、娼妓は借金を返済すればいつでも遊廓から出られます。借金を返済しなくても、6年で満期となって、借金が残っていても棒引きです。
これを奴隷制度とするのは、本当の奴隷の意味を見失わせますし、年期制度は日本の多くの産業で見られたことでしかないのですから、かつての日本は奴隷制度が公然と行われていた国ということになり、ことさら遊廓だけが非難されるのはおかしい。非難するなら、それらの産業すべてを非難しなければならず、国の制度そのものを非難しなければならない。
これだけを切り取って非難する人たちは、勉強不足か、売春がらみであればどんな詐術を使ってもいいと思っているか、どちらかです。
続きます。