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「吉原炎上」のウソ 28/娼妓と女工 6

娼妓と女工が置かれていた環境の大きな差は、仕事の特性の違いから生じています。1人あたり生み出す金が娼妓の方が大きかったとともに、遊廓では職場と住居が同じです。そこに客を招き入れるため、部屋や調度品が粗末では客が寄り付かなくなる。

今現在の風俗店でも、客寄せのために豪華さや清潔さが求められます。ソープランドでは、とってつけたような彫刻がロビーにあったり、壁に大理石が使われていたり。あるいは、城や御殿のような外装だったり。トイレも、客が一回使ったら、すぐに従業員が掃除します。

「城や御殿でセックスしたいか?」という疑問もありましょうが、非日常を楽しむものなのですから、それでいいのです。ラブホだって、そういう建築様式が見られます。面白い趣向のラブホがあると聞くと行ってみたくなる人たちが現にいますから、あれで人寄せになります。私も行ってみたくなります。やることは一緒でも、高い金を出して、プールつきのラブホに行くのも現実にいますね。

また、ソープランドでもラブホでも、しばしば同業者が密集している地域にありますから、目立つ外装や内装は差別化も図れます。「壁にサンタクロースがいるラブホ」「リゾートホテルのような内装のラブホ」として印象に残る。相手のことはよく覚えていなくても。

遊廓の時代でも、時計台を設置するなど、建物自体に特徴をつける工夫はあったわけですが、今ほどの差はつけられず、その分、内装に新規なもの、珍奇なものを導入していました。斎藤真一著『吉原炎上』には、妓楼にスタンドグラスがあしらわれたり、いち早くベッドを導入していたことが記述されていると指摘しましたが、これも客寄せだと考えれば納得しやすい。これによって口コミで広がって人が来る。

また、遊廓では泊まりの遊びがメインですから、滞留時間が長く、今以上に性欲が満たされる以上のことが求められます。性欲のみの客もいたでしょうが、だったら何も泊まる必要はなく、時間の遊びで十分です。

そのため、部屋の雰囲気や清潔さが今の風俗店以上に意味を持ち、薄汚れた煎餅布団に客も寝たくはない。

今も昔も、高級店はそれにともなった高級感を出す。やることは一緒でも、そこが安い店とは違う。そうしないと、わかりやすい差別化ができない。そのため、出費がかさみ、高級店が必ずしも儲かっているわけではありません。

ステンドグラスがあるからと言って娼妓が快適に暮せるわけではないのですが、女工たちのような暮らしではなかったことをまず確認しておきます。

女工は1日11時間から14時間の労働時間を強いられ、その上、数時間の夜業が加わります。今現在でも、このくらいの労働時間が当たりまえになっている業種や会社もあるでしょう。マスコミ関係もその例外ではない。雑誌の締切前は、ライターも編集者も睡眠不足が続き、印刷会社の人たちも同様です。

しかし、私らは座ってられます。立ちっぱなしの単純労働をこれだけの時間続けるのは苦行です。

娼妓の場合、当然人によって違い、日によっても違うわけですが、客がつく時間とその準備、片付けにかかるのは、8時間から14時間といったところでしょう。夕方から朝までです。客がい続ければ24時間ということもあって、それが何日も続くこともあったわけですが、その間、客とともに酒を飲んだり、食事をしたり、睡眠をとったりもできました。客だって寝るわけですから。

対して女工たちは、食事以外、ほとんど休憩はとれず。その食事も非常に粗末で、『女工哀史』に、著者自身が工員時代に体験した献立が7日分出ていて、その内容には驚かないではいられません。「時代が違う」ではとうてい片付けられない。

例えば朝は菜汁と香々(たくあん)です。おかずはそれだけなのです。菜汁は大根の葉でも入ったみそ汁でしょう。昼は空豆と香々。夜は焼豆腐と香々。夜は焼豆腐があるだけましですけど、みそ汁はそれぞれ「〜汁」となっているので、昼と夜はみそ汁もなしだと思われます。お茶でかきこんだのでしょうか。

もちろん、味の工夫などあるはずがなく、腐りかけのものまで出る始末。そもそも腐るようなものはほとんどないですが。

他の日も、「水菜漬物と香々」「ヒジキと香々」「梅干と香々」なんて献立になっていて、これらを自由に食えるのならともかくとして、香々は二切れのみ。みそ汁も、運が悪いと具が入っていない。修行僧の献立みたいです。

7日の間に動物性タンパクは鮭が一度出ているだけです。動物性のものが乏しいのは、大量に安く仕入れて保存できる材料を使っていたためと思われて、冷凍庫、冷蔵庫のなかった時代にはやむを得なくもあるのですが、それにしたって、もう少し工夫の仕方はあるでしょうに。これでは刑務所よりひどかったかもしれない。

それもそのはず、ある工場では、3500人分の食事を作る炊事夫はたったの12人。ガスもない時代ですから、今の比較ではなく手間も時間もかかったはずで、栄養や味など考えている余地はありません。

こういった食生活ですから、ビタミン不足のための脚気などの病気になりやすい。また、体力もなく、結核などの病気にも感染しやすかったのだろうと思われます。

では、娼妓はどんなものを食べていたのでしょう。

続きます。

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松沢呉一のプロフィール

1958年生まれ

大学卒業後、メディア関係のいくつかの仕事を経てライターに。

当初は幅広くこなす何でも屋だったが、30代後半からは性をテーマにすることが増え、やがて風俗ライターに。
2005年、風俗ライターの肩書きを捨て、現在は単なるライター。
風俗ライター廃業をきっかけに有料メルマガ「マッツ・ザ・ワールド」をスタートさせ、毎日、1本から2本配信。
著書に『エロ街道をゆく』『ぐろぐろ』(ちくま文庫)、『風俗ゼミナール』(ポット出版)、『風俗お作法』(しょういん)、編著に『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版)など多数。